シルクロードの思い出

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ウスタズの刺繍




                          コムル


                        ウスタズの刺繍






  ウスタズ、ウイグル語で師匠という意味です。今回はコムル刺繍のウスタズの刺繍を見せてもらいに行って来ました。



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                     コムル刺繍のウスタズ 


         ウスタズの家にはたくさんの刺繍されたものであふれていました。





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          でもこれって、…どこの部分に使う刺繍なんでしょう?




  ウスタズが何やら作業をしています。

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   刺繍をサテン地に張り付けていますね、



  あ、そうか!

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   どうやら枕の側面の装飾になるそうです。華やかな枕ですね。


ウイグル人は布団や枕を日本のように押入れに押し込めず、側面を見せて部屋のインテリアにする文化があるのですが、コムルの枕ほど華やかな装飾は他の地域では見たことがありません。

 でもそういえば、日本でも私の祖父母の家で布団部屋に布団を見せるように扇形の穴が空いていたのを思い出しました。日本にでも“寝具を見せる”文化はあるようですね。




  また興味深いものを目にしました。
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  どうやら中国人の子供がかぶる帽子に似ていますが、コムルの子供もこれを同じように被るのでしょうか、

 おや、
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  ここにも刺繍があります。本当に見事な刺繍ですね。





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                       枕の側面




  本当にウスタズの刺繍は見事です。普通のコムルの刺繍職人なら刺繍糸を二本使って刺繍するのに、このウスタズは一本しか使わないため繊細な仕上がりになるのです。また技術も素晴らしいですが、デザインも独特で色合いも綺麗です。花は蓮や梅、牡丹などの中国人好みのものもあり、柘榴の実のようなウイグル人が好むもの、植物のツルが伸びたようなイスラム文化の唐草模様のような表現もあり、このコムルが如何に中国文化とウイグル、イスラム文化とが融合した文化を育んで来たかを知ることができます。


  このときにウスタズの刺繍を見て、コムル刺繍だけでなく、その背景にあるコムルの文化そのものに、より興味が出てきました。



  ですが、この刺繍だけでも十分にコムルの文化の融合が様子がうかがえると思います。コムル刺繍はコムル文化の収縮図のような気がします。
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by alphalpha0118 | 2009-02-06 00:56 | コムルの刺繍

殉教者のマザール

  
 


                          コムル


                      殉教者たちのマザール





  コムルの町はずれにある殉教者のマザール紹介します。マザールは偉人の墓という意味で、イスラム圏の各地にそれぞれあるようです。


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                       緑のマザール

 観光客でもわざわざここに赴く人は多くないと思います。私がここを訪れたときもたまたま目的地に向かっている途中で、「丘の上に不思議な建物があるな。」と思い見上げたら、このマザールが見えたのです。

 大きさも日本によくある小さな神社程度の大きさで特に目立つものでもないのですが、緑色に光る陶のタイルが印象的だったのを覚えています。

 近づいてみると、
  
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  ずいぶんあっさりとした色合いの建物です。シルクロードのほかの地域の華やかな建築とは全く違うし、木材の柱に色が塗られていないのも珍しいです。東洋的だとも感じる反面、中国様式とも違います。屋根の形などから考えておそらくモンゴル様式と考えてもいいような気がしますが、おそらく様々な様式が混ざっているようです。




  建物をまわってみると、  
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  どうやらこちらが正面のようです。

  正面に来るとコムル人らしい顔立ちをしたウイグル女性がそっけなく「中見るんだったら5元いるわよ、」と声をかけてきました。私が彼女に5元を渡すと、彼女は「ここ撮影禁止だから!」と冷たく言い放ち立ち去って行きました。



 だから中の画像は撮れなかったのですが、その中は印象的なものでした。

 まるでお寺の派手な仏壇の前に立っているような、そんな感じでした。中に描かれてある文字は中国語で、中国の仏教寺院によくあるような派手な装飾がされてあり、色合いは中国の仏教寺院に比べて随分渋めでした。このマザールの墓守りはウイグル人のようなのに、建物の中はまるで回族が管理しているように思えました。


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                    マザールの正面から


  さて、このお墓にはだれが眠っているかということですが、どうやらアラブから来た3人のイスラム教の伝道士うちの一人のようです。アラブの港から広州へ、そこから西へ西へと向かう途中このコムルより西、新疆ウイグル自治区と隣の甘粛省の境目にある星星陝という渓谷で亡くなったようです。

  後世、1945年になってからこの場所に新たに殉教者の遺骨が埋葬されたようです。





  でも普段ウルムチに住んでいて、この建物を目にして、一瞬日本で訪れたことのある小さなお寺の本堂を思い出しました。もしかしたらこのコムルにあるマザールと日本のお寺の本堂の造りはどこかで関係があるのかも知れませんね。
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by alphalpha0118 | 2009-02-05 14:34 | コムル

刺繍仲間の集う





                         コムル


                       刺繍仲間が集う





ホームステイ先のおばあさんに連れられ、ある刺繍仲間の家にやって来ました。

  
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  水色の窓枠、テレビの上のコムルならではの帽子、どこにでもあるように見えて、どれをとってもコムルの家の風景です。





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  刺繍の出来栄えについて話し合っているようです。





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  ホームステイ先のおばあさんに「あんたも何か記念に買ったら?」と押し売りされてしまいました。もともとひとつは欲しかったので、どれにしようか考えました。





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  これなんかピンクと水色の花の刺繍が可愛いですけど…、

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  少し迷いましたが、紫のベロアにピンクの大きな花の刺繍のものにしました。帽子を固くしている糊が固まりすぎて少し硬いのでこの家のおじいさんが石炭ストーブの上で溶かしてくれています。石炭ストーブはもうこのときは3月の終りなので使っていなかったのですが、ストーブは熱が伝わりやすいため日光にあたるだけでも暖かくなっているようです。





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                   ストーブの上に放置された帽子
  
  少し変な光景ですね。しばらくこのままの状態でした。この間おばあさんと刺繍仲間たちが仲良く話していました。私はこのころ少しずつウイグル語を話し始めた時期だったので、ひたすらコムル方言の早い口調に戸惑っていました。コムル人の気質は江戸っ子のようにせっかちで早口です。




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                       おじいさんと孫

  この家のおじいさんが孫に帽子を被せています。

  コムルの人の顔は混血のウイグル族の中でもこの子供のように黄色人種が強く、同じウイグル人でも「コムル人は漢族と見分けがつかない。」というほどです。
 現代のウイグル族は西へ行けばいくほど白人種との混血が目立ちますが、唐代に勢力を誇った遊牧民族として知られるウイグルはコムルの人のような顔をしていたのではないかとイメージしたりもします。


  それにしてもコムルの人の話し方は早口でした。とても聞き取れません。その中でもホームステイ先の勝気なおばあさんは典型的なコムルのご婦人だったのではないかと思います。十分コムルならではの体験が出来たのではと思うと嬉しい限りです。



 
 
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by alphalpha0118 | 2009-02-05 01:37 | コムルの刺繍

ホームステイ先




                          コムル


                        ホームステイ先



  コムルでは滞在中1週間はある老夫婦の家にホームステイさせてもらいました

   
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                     門の前に立つご主人


  別に前もってその老夫婦の家に泊まらせてもらえるように頼んでいたわけではありません。

 あてもなくコムルのまちについたばかりの私が町はずれをうろうろしているところに素敵な刺繍をした帽子を被っている老夫婦がいたので、もともとほかの地域では見られないコムルの刺繍に興味があった私は私が「この刺繍きれいですね!他のまちでは見ないものですね!」と声をかけると、少し勝気な感じのおばあさんが「あんたうちに来てお茶でもしてく?私刺繍やってんのよ、いろいろ見せてあげるよ!」と言ってくれたので、遠慮なく家に寄せてもらったあげく、1週間も泊まらせてもらったのです。

 さすがホスピタリティ精神に満ちたシルクロードの人々です。旅人にはとても親切です。

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                         勝気なおばあさん




  そうそう老夫婦がどんな帽子を被っていたかというと…、

  
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                        前から


          前からではよくわからないので後ろ側を見せてもらいました


 
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  深緑のベロア生地に綺麗なピンクの花の刺繍です。コムルの人の帽子には一足先に春が来ているようです。



  さて、おばあさんの帽子はというと…

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  紺のベロア生地に赤やピンクの花、花を立体的に描くために黄色い糸を花びらの根元の部分にうまく使っています。淵は豪華に金色のサテン生地を使っていて、手前には柘榴石のような石をつけています。おばあさん、ちょっと派手目が好きなようです。




  さぁ、そんなおばあさんの手先を見ると、
   
 
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                      こんなものが!


            刺繍ができてから帽子を組み立てるようです。





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  それにしてもおばあさん、だいぶ目が疲れた感じです。刺繍というのは根気のいる手作業で、とても神経を使うようです。横に座っているのは隣に住んでいる末っ子の中学1年生の女の子。彼女もおばあさんの刺繍を見に来たようでした。




   そうそう、興味深いものを目にしました。

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                  刺繍の台紙に使われていた本 

 ローマ字で書かれた本のようですが…、よく見たらひと昔の前のウイグル文字で書かれた中国語の本のようです。



 ウイグル語は今ではアラビア文字を改良したものを使われていますが、これは1982年から使われ始めた文字です。それまではローマ文字を使った表記の文字を使っていました。

 20世紀初頭にウイグル語で発行された新聞もローマ字表記のものだったようで、ローマ字表記のウイグル語は近代化以降長く使われていたようです。ですから今の40代より年配の人々は、ローマ字表記のウイグル語で字を書く人が多かったりします。



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                     家の庭から見た門の外

  思い入れのある風景です。門によって二つに切りとられた青い空、家の門の向こうにはモスクが見えました。この写真を見ると、春の訪れを待つコムルの郊外の静かなまちの様子が今も目に浮かびます。



 
  こんな感じで、おばあさんの刺繍をする様子を見ながら老夫婦のもとに1週間も泊まらせていただきました。こんな見ず知らずの外国人の私を1週間も泊まらせてくれました。
 どうやらこの老夫婦の二人の子供たちも外国に勉強に行ってるという事でした。「あんたみたいな外国から来た人によくしてあげたら、私たちの子供たちも外国でそこの人に良くしてもらえるかもしれないからね、」と言って私を受け入れてくれました。本当に有難かったです。


 シルクロードにはこの夫婦のようにホスピタリティ精神にあふれた人が本当に多いのです。
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by alphalpha0118 | 2009-02-04 15:33 | コムルの刺繍

コムルのまち



                         コムル


                       コムルのまち




  ある3月、私は春の訪れをまつコムルのまちに来ました。コムルは普通の世界地図には中国語名の哈密(ハミ)とされていますが、ウイグル語ではコムルと呼びます。コムルはシルクロードでも東端に位置し、中国文化の影響が強く、人々の要望もモンゴロイド、黄色人種が強いです。以前はこのコムルのまち自体が小さなオアシスの王国でした。もしかしたらユーラシア大陸で一番東のイスラム国家だったのかも知れません。


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  シルクロードに来る旅行者はこの時期にはなかなか来ないようなので、この時期のシルクロードがどのような様子なのかも踏まえながらコムルのまちの様子を紹介します。





 
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                 まちの北側に見える天山山脈



  コムルのまちは北側を天山山脈が東西に流れ、この日は春霞のためか霞んでいますが、天気のいい日は雪をいただいた天山山脈が見えます。



 
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                            凱旋門


  なぜかよくわかりませんが、町の真ん中の公園に凱旋門が建てられています。このコムルのまちはシルクロードのまちの中でも東端に位置し、中国の内地に近く交通の便もいいこともあってか比較的発展しています。もともとは街の中心部に二本の川が流れる綺麗なオアシスのまちだったようなのですが、発展し過ぎて今はその様子がうかがえないのがさみしいところです。

 それからこの地域は住民も農村に至るまで中国の主要な民族、漢族が多いです。それはシルクロードのほかの地域とは異なる大きな点です。



 
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                         城壁


  町の南にある城壁、シルクロードの中で、城壁が部分的にですが町なかに残っているのはは私が見たところ、ホータンとカシュガルと、あとはこのコムルだけです。この城壁より南側が以前はウイグル人の居住区だったようで、いまもそこに暮らす人々が多いです。




 
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                      コムルの町並み


  春とは言ってもまだ3月なのでポプラの木も葉が生えていないので、シルクロード特有の色鮮やかな世界はありませんが、この青い空に春の訪れを感じます。


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                       コムルの住居の門

  コムルの住居にはシルクロードのほかの地域のような外見に華やかな作りの家は少ないですが、このような鮮やかな青が門に塗られていることが多かったです。天山山脈の北側にはこのような青い塗装が多いのですが、南側には少ないので、コムルのまちはほかの天山山脈より南の地域とは少し違うと感じました。


  この“青”こそがこのとき私がコムルのまちに訪れたひとつのテーマでした。このコムルでは
シルクロードのほかのまちにはない春の訪れを祝う祭り“キョクマシラップ(青い踊り)”が残されています。



 それではこれからコムルの春の訪れについてレポートしたいと思います♪
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by alphalpha0118 | 2009-02-04 09:09 | コムル

クルバン祭





                        トルファン


                        クルバン祭




 クルバン祭、日本語に訳すと犠牲祭でイスラム暦の新年にあたります。もともとは中東地域の風習のようですが、イスラムの伝播によってこのシルクロードで広く行われるようになり、現在では最も大きなイベントになっています。普段私たちとの使う太陽暦とはずれるので、毎年違う時期に行います。


 ウルムチの冬は寒いですがこの時期だけは通りは賑やかになり、活気づきます。

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                      山積みされたサンザ

  “サンザ”とは油で揚げた小麦粉の生地に砂糖を振りかけた甘いお菓子で、見た目にボリューム感があり、食卓の真ん中に置くとお祭り気分を醸し出してくれる、おそらくこのシルクロードの人々にとってのケーキのような存在です。

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                  ちゃぶ台の上に置かれたサンザ




そうそう、こんな光景も見かけました

  
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                        「サツだ!!」

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                       「ずらかれー!!」


  どうやら警察が来たようです。多くの人が許可を得て屋台の仕事をしてるわけじゃないようですね。


  こんな光景もクルバン祭ならではの風景です。




  

  さて、ある冬、ウルムチからバスで2時間ほどのトルファンのまちに友達が帰郷するので連れて行ってもらいました。



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          さぁ、これがクルバン祭のメインディッシュです!




  クルバン祭では各家庭、豪華に羊を1匹平らげます。

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  このように村の専門の人がまわって来て、羊をできるだけ苦しめず首元の動脈を切り出血させて、殺します。



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  このように羊の皮を部分的に裂き、そこから息を吹きいれ皮をふくらませ、皮が切りやすいようにします。この画像での動作は羊の皮が十分に膨らんでいるか確かめるために外から羊を叩いている様子です。



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  次にこのように肉を高い所から吊るします。そして内臓を出していくのですが、このとき羊を吊るすときに男性二人がかりで重そうに持ち上げていました。どうやらこの内臓が水分も含んでいる分重いようです。



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  このときにできた皮、毛、すべては利用することができます。内臓も豊富なビタミン源として、腸は腸詰にして調理でき、無駄は一切ありません。犠牲祭はこのように1匹の羊を無駄なく使うことで犠牲になってくれた羊に感謝をするための行事のようです。





  
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                    クルバン祭の御馳走         


  ここに準備されているのがシルクロードのクルバン祭の御馳走です。サンザをメインに置き、ドライフルーツや飴、クッキーなどの甘いお菓子を並べ、お客さんが来ればさっきの羊を調理して出します。




  各家庭で御馳走を用意して、親戚や友達が来れば御馳走を振る舞う、お正月は世界のどこでも同じようなことをするようですね。単な説明になりましたが、これがシルクロードのお正月の模様です。

 もし皆さんがシルクロードにクルバン祭の時期に行ったら知り合った気のいい人々が御馳走をしてくれるかも知れません。シルクロードに住む人は皆、ホスピタリティ精神にあふれた接待好きの人々ですから♪
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by alphalpha0118 | 2009-02-04 08:10 | クルバン祭(犠牲祭)

ウイグル舞踊





                         ウルムチ


                        ウイグル舞踊





  そうそう、一番と言ってもいいほど大事なものを紹介するのを忘れていました。


    ウイグルといえば歌や踊りを愛する民族でした。







 
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                        ちんどん屋


  “ナグラ”と呼ばれる太鼓を叩き新装開店の店の前で客を呼び込もうとする人々です。日本で言うちんどん屋さんでしょうか。結婚式の時もトラックに乗って踊ったりと音楽、歌や踊りが大好きな彼らです。



 今回はウルムチでこそ見られる豪華なダンスショーの模様をご紹介します。




まずはウイグルの代表的な踊りから

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                      くるくるまわっています
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                      ウイグルの踊り子たち

  このようにくるくるまわる、そんな踊りがウイグルをはじめトルコ系の民族の特徴的な踊りです。老若男女、皆くるくるまわります。衣装はカシュガル女性の典型的な服飾です。




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                         お椀踊り

  これはお椀に水を入れこぼさないように踊るというものです。一番天辺のお椀に水が入っておりその下にいくつものお椀を重ねています。そのため動きが制限されるので動きが面白くて特徴的です。



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                        ロシア娘たち

  同じような出し物ばかりでも面白くないので、彼女たちのようなゲストも招いて舞台の雰囲気を変えるようです。この画像の踊りはウクライナの踊りですが、彼女たちはカザフスタンから出稼ぎに来たロシア人ダンサーのようです。


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                        ロシアの踊り


  ウルムチは部分的にロシア文化圏とも言えなくもないまちで、この劇場ではロシアの踊りが披露されていました。青いサテンの衣装がとてもきれいです。




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                        ナズェルカム 

  とても有名なトルファンという土地の踊りで、動物のまねをしたりして面白おかしく踊ります。場の雰囲気がとても盛り上がるのでいつも演目の最後になることの多い踊りです。




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                        輪になって踊る



  これはおそらく最後の踊りだったと思われます。またくるくるまわっています。このあと客席の観客も参加して踊るという催しがシルクロードの多くの劇場で行われているようです。


 一番初めに紹介した画像でもそうですが、最後の踊りのこの画像でも踊り子たちは輪になって円を描くようにまわり、そして自分自身もくるくるまわっています。
  このような動作はシャーマニズムに由来し、彼らの古くからの宗教儀式そのもののようです。現在もトルコ等の中東地域で“スーフィー(神秘主義)”と呼ばれる人々のイスラム教の儀式でこのようにくるくるまわる動作がありますが、これも彼らの古い時代に信仰していたシャーマニズムから来ていると考えられています。また唐代に長安の都で流行ったといわれる天女が舞い降りるような動作の旋回舞もやはりこのシルクロードから来ていたようです。




  正直なところ私は音楽や踊りに疎いので、うまく表現できないのですが、とにかく彼らは歌や踊りを愛する民族だということはシルクロードで生活していれば実感します。


  ですが、今回紹介したように劇場でのダンスショーはとても見ごたえがあるので、みなさんもシルクロードにいらしたら一度は劇場に足を運んでみたください♪









  
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by alphalpha0118 | 2009-02-04 01:23 | ウルムチ

働く駱駝




                        ウルムチ


                        働く駱駝





     ある日の朝、散歩をしているとシルクロードならではの光景を目にしました。





   おやっ、


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  ラクダが肉が積まれてある荷車を牽いているではありませんか!





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  近づくと大きい、がっしりしたラクダです。毎朝こんな仕事をさせられているのでしょうか?



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  荷車に積まれているのは羊肉です。皮をはがされた荷車に載せられた羊の胴体がラクダに牽かれ、その肉をプルプルさせて運ばれて行きます。面白い光景です。






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  ああ、行ってしまいました。あの羊肉はこれからウルムチ中の肉屋に運ばれ、その後皆さんの食卓に並ぶのです。




  
  普段の観光では見られない、ウルムチの町はずれの朝の一風景でした。
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by alphalpha0118 | 2009-02-03 13:09 | もうひとつのウルムチ  

ウルムチのなかのロシア





                       ウルムチ



                   ウルムチのなかのロシア




  
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                      路地裏の西洋建築

  シルクロードにある西洋建築は基本的にタタール建築の影響を受けています。タタールはイスラム教を信仰するトルコ系の民族ですが、20世紀前半にロシアが社会主義国家を樹立し、共産党からの迫害を免れるために一部のタタール族がこのシルクロードのウルムチを含める北側の草原地域に移住し、影響を与えたと思われます。


  
 もっとわかりやすいものになると、

  
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  このように半地下の部屋があることがよくわかります。このようなタタール建築はシルクロードの人々に現在でも親しまれ、使われています。実際ウルムチより北側にある少し古い建築を見ると西洋建築の特徴がみられます。




 さぁ、このような建築のある路地から大通りへ出てみましょう。

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  ロシア語があふれています。ここは以前紹介した延安路の南側で、この辺りはウルムチのロシア人街です。この通りだけはロシア語の表示が多く、シルクロードでは看板などは普通中国語、ウイグル語という2言語表記なのですが、ここでは多い場合3つの言語で表記されていることもあります。 
 中国で生産したものを旧ソ連諸国へ流していくための貿易センターがあり、そこで働いている外国人の多くはカザフスタンから来たロシア人やカザフ人で、最近ではウイグル人と同じトルコ系の民族であるアゼルバイジャン人が増えています。
  




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                     ロシア料理のレストラン

 
  ロシア料理の店です。ですが、トルコ料理もあったりとちょっと純粋なロシア料理とは言えません。メニューにあるピザも中途半端なロシアパンのようでもあり、ナンでもあるような変わった形をしていました。
  この通りにあるロシア料理は本当に中途半端なロシア料理も多く、レストランの中にはどう考えても単に中華料理をフォークとナイフで食べてるようにしか思えないようなところもありました。

 ただこの地域のロシア料理の店は基本的に地域性を考慮してか豚肉を使わないレストランが多かったです。




   旧ソ連の物価が高いこともあってか、ここ数年ウルムチに移り住むロシア人が増え、ロシア人街どんどん広がってきているようです。中国の貿易が自由化して以降、ここシルクロードも本来の役割を取り戻そうとしています。ウルムチのまちはこれからさらに多民族で賑やかなまちになっていくのかもしれません♪
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by alphalpha0118 | 2009-02-03 12:32 | もうひとつのウルムチ  

丘の上の路地




                       ウルムチ
 

                      丘の上の路地





   ウルムチ路地裏散歩、前回は風景についてレポートしたので、今回は人物について。今回はまちから少し離れた丘の上の路地を歩いてみたいと思います。






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                      スキップをする少女

  路地裏で少女が一人遊びをしています。このときは冬休みの期間だったようで、この子も時間を持て余してるようでした。スキップする様子が可愛くて撮ってしまいました。雪の積もったままのウルムチの路地裏は寒そうですが、子供たちは元気に過ごしています。






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                        母を待つ少女

  小さな女の子がお母さんが鍵を閉めるのを待っている様子。地面を触って遊んでいる動作ががとても可愛らしかったです。





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                    お手伝いをする子供たち


  子どもたちがお手伝いをしています。どうやらトラックにレンガを積んでいるようです。大人の私でも寒くて凍えて手もかじかんでいたのに、小さな子どもたちがひたむきにお手伝いをしている様子には心打たれました。シルクロードの子供たちは本当に可愛いです。





  最後に、



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                         孫と一緒


  孫を抱いて幸せそうに歩くおじいさん。おじいさんはこのとき私に、「君は何を持っているの?」と聞くので「カメラです。」と答えると、おじいさんは「そうか、カメラなんだって」と孫に語りかけ、それからしばらく「カメラだって、カメラだって」と孫に語りかけながらおじいさんは歩いて行きました。その様子にウルムチの寒さに凍えていた私も少し気が和んだのを覚えています。
 写真自体は大したことはないですが、私にとってはそんな思い出のある、少し思い入れのある1枚です。





  ウルムチは山に囲まれていて、このような丘の上にまで住居が立ち並び、そのため高い位置にも路地裏が多くあります。関西でも山と海が近い阪神間に住んでいる私にとって、丘の上に家が立ち並ぶ風景はとても馴染みのあるものでした。

 町外れなのでウルムチに住んでいてもなかなか訪れることはないのですが、皆さんももしウルムチを訪れたら町外れの丘の上の路地を散歩してみたはどうでしょう♪



   
                     
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by alphalpha0118 | 2009-02-03 08:39 | もうひとつのウルムチ  

女の子の目から見たシルクロード


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